古事記の國のミステリーツアー②~八雲立つ八雲の里

八重垣、神魂、眞名井、須我。素戔嗚伝説はここにある

 
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を

 
これを聴くたびに
瓜売りが瓜売りの残し売り売り帰る・・・・を思い出しますねぇ。
ちがいますか、ちがいますよね、すみません。

 
「その八重垣を」で終わってる。
それをどうすんねん!と突っ込んではだめですね。
八重垣を作ってボクの奥さんを大事にするんだ。八重垣つくるんだ!という、強調でしょうか。
(教えて古文の先生!)

 
素戔嗚(スサノオ)がこの歌を詠んだのは、島根県雲南市大東町あたり。
そこに建てられたのが須我神社です。
ヤマタノオロチを退治して、かわいいお嫁さんももらい、
さて、どこかいいところに住まおうと訪ね歩いた結果、
「おお、ここはなんと清々しいところであるか!」とその地に決定。
お宮の名も「須我神社」となったのであります。

 
この雲南市大東町は「奥出雲」のエリアにあり、
深い谷と深い森、そして清流があります。
以前は訪ねるにも時間がかかる場所でせいぜい熊野大社までだったのですが、
いまや自動車道から30分もあれば行けちゃう。
便利というか、奥じゃなくなったというか・・・。
(近くに秘湯・海潮温泉もあります!!!)
そそり立つ山々に雲立つ風景は、素戔嗚のこころをつかんだのでしょうね。

 
素戔嗚(スサノオ)さまって、結局いったい、なんだったんだろう。
そのモチーフになった人物は、きっと いたのだろう。
ヤマタノオロチは氾濫を繰り返した出雲・斐伊川だといわれる。
水が赤くなる、というのは、あの地では砂鉄が多く産出するのでその錆?って聞いたことあります。
治水に尽力した先見の明をもった人だったのかもしれません。
「いーや!神様。カミサマなんだ!」って、怒られるかな?
「国造り」を進めたその人は力、知恵、そして人々の信頼を集めるだけの素養があったにちがいない。

須我神社の境内の一画の建屋にこんな絵があります。

 
素戔嗚と櫛名田姫

 
目鼻立ちがはっきりした、なかなかの男前。(不埒ものですみません)
けど、なかなかの暴れん坊であったという話もありますね。
それを善き夫としていった櫛名田姫は、賢明であったと想像します。

 
素戔嗚伝説の残る土地

 
今回訪ねた松江市八雲のエリアは素戔嗚をはじめ、
イザナギ・イザナミ伝説をつたえる場所がほんとうにたくさんあります。
古事記の舞台なのです。

 
眞名井、八重垣、神魂、そして須我の各社を歩いた動画を作ってみました。
ちょっと巡ってみましょう。
音楽が流れますので、ボリュームにご注意ください。

 

 
ミニマップも作りました。

 
八雲立つ八雲の里のだいたいマップ

 
学校マークは母校です。
小学生のころ、条里制遺構のマークを中心に南は日吉、
西は八重垣、北は茶臼山マークのあたりまで
遊びエリアだったんです。
広いねー!今、びっくりする。
いまはそんなに遠くまで行けないでしょう。危ないよね。
どちらがいいという訳ではありません。そういう、時代、だったのです。

 
動画が小さすぎてキャプションが見えないので
補足しておきます。
観光案内と違い、多分に経験談が入っています。

 

茶臼山・眞名井神社

 
茶臼山は神名樋山(かんなびやま)ともいいます。
頂上に2本桜の樹。小学生の遠足のコースにできるくらいの山です。
上からはきれいに区割りされた田んぼ、条里制遺構が見ることができます。
馬の背のような茶臼山の登り口より反対側に眞名井神社があります。
ここは昔、近辺の武内や八重垣の社に比べると暗い神社で、人気もなく、長い階段はちょっと怖いほどでした。
鳥居の前に松並木があります。条里制の田んぼの中を貫く道ですが、いま、両サイドにいい道ができていて
たまげました。
茶臼山のどこかに「眞名井の滝」というのがあるそうで、自転車を走らせて探し回ったことがありますが、
ついぞ、見つかりませんでした。それはいまでも残念。

 
眞名井神社

 
八重垣神社

 
素戔嗚が櫛名田姫と結婚した場所。校内マラソン大会の折り返し場所。
宝物殿には姫の壁画が保存されています。
余りにも有名な社なんですが、鳥居も狛犬の姿も古代を感じさせます。
狛犬は頭が小さいたれ耳で、コッカースパニエルみたいです。
いつもはごっつい獅子ですよね。ちょっと変わってます。

 
八重垣神社狛犬

 
八重垣神社と言えば、「鏡の池」。
八重垣神社は櫛名田姫が素戔嗚の帰りを待った場所といわれます。
我が身を映し、映る我が身に彼への想いを語ったのでしょう。
ラブストーリーは永遠!
その鏡の池。人気スポットなのできれいに整備されていますが、
昔々(また昔話)、鏡の池は細い細い道を行った森の奥のドンツキみたいなところにありました。
木々や羊歯が覆いかぶさるように囲んでおり、柵もなく、ひっそりとしておりました。
妖精の泉、みたいな感じでした。
でも、こうして整備され、親しまれ続けるのも、ひとつ大事なことでしょう。
浮いたり沈んだりしているのは、恋占いの紙です。たくさんありますねぇ!
みんなぁ~!恋、しているかぁいっっ!!!???
わしゃ、もう終了した。

 
八重垣神社 鏡の池

 
神魂神社

 
かもすじんじゃ、と読みます。地元では「大庭のおおみやさん」と呼びます。
桜並木で縁日が開かれました。ニッキの味はおおみやさんの縁日の記憶です。
なにそれ、って?
ニッキというのはシナモンみたいなスパイスです。
そのニッキをしみこませたすっごい色の紙を噛み噛みするんです。
ぴりっとしていてあまり好きじゃなかったんですが、そこは子どもの友達付き合い。
極彩色のベロを見せやっこ。

 
国宝のおおみやさんも子供たちの格好の遊び場で、
石けりだのビー玉だのかくれんぼだの、やりました。めっちゃ昭和。
いまでこそ、オープンになって中を拝見することができますが、昔は閉じてました。
おおみやさんには「石が祭ってある」って聞いていました。
なんで、石?石が神様?って、そりゃ、不思議だったものです。
好奇心から壁の隙間からのぞこうとするのですが、見えません。
見ちゃいけないのだ、大事なんだ、って、子どもは理解します。
教えられなくても理解する、それはいまでも必要かなぁ・・・・って思います。
おおみやさんの急坂の暗い脇道も、見るばかりで通っちゃいけない、
入っちゃいけない・・・。
神様がいるからとか、畏れ多いからとか、そんな理由付けではないのです。
感覚的に、それを避けるということだったと思います。

 
旅レポ②おわり。次は秘湯・海潮温泉。


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